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社会の中で、能力は武器と防具になる

syakkin-dama.hatenablog.com

を読んで、思ったことを書く。

総合的な能力のバランスという面で僕は同期の中で圧倒的に劣っていたと思います。端的に言えば、能力のムラがあり過ぎました。

僕が注目したのはここである。能力のムラ。

能力のムラがなぜ悪いのか? そのことに対して、今のところ僕はある表現でいうことにしている。その言い方はひょっとすると誰かの知見になるかもしれない。

それがタイトルの「能力は武器と防具になる」である。

高等専門学校に通い、脱落した自分

唐突に自分語りになってしまうけれども、僕はかつて、とある工業高専に通っていた。工業高専というのは、専門知識を効率よく、どころか、妥当に学ぶための最適化をかなり極めており、まっとうに授業を受け、研究をすれば、ひとかど程度のエンジニアにはまあなれるだろうさ、みたいな教育機関である。
齢は15、義務教育修了直後の彼ら時々彼女らは、専門知識に関しては特に横並びでスタートを切り、ほどほどに順位をばらけさせながら5年間を過ごす。

僕の通っていた高専の場合は*1高校4年生になった時点で研究室に所属し、研究を始める。ここが分化の始まりである。クラスで隣の席のやつがやっている"学び"は、自分にはわからない専門知識になっていく。逆に言えばそれまでは、「俺とあいつは同じことを知っている(はずだ)」でやっていける。そういえば、MSNメッセンジャー経由でテスト勉強をしていた。あれ楽しかったわ。

僕は、卒業後の進路として専攻科という追加2年コースを選び、就職していった同級生たちと別れ、専攻科課程の途中で見事に脱落した。エンジニアになる自分をあまりうまく思い描けなかった、というより、半年の企業インターンを経て、開発職に向いていないことをはっきり悟ってしまったのだった。この道の先に自分が就きたい職はない、という思いのために、学業に身が入らなくなった。

同時に、自分が研究室で磨こうとした"独自の、クラスメイトと違う専門性"についても、行き詰まりを感じていた。あがいてあがいて生み出したつもりの成果は、ゼミ仲間の質問でたやすくずたぼろにされた。若造なりに心が折れていたらしく、半不登校に至っていた。

そんな折、別のジャンルの職業に強く心惹かれたこともあり、退学の選択肢が浮上した。ここであれこれ大人の知見を得るための相談を重ね、どうやら退学でいい、と見なした。退学の挨拶に、教授の研究室に出向くと、あたたかく迎えてくれ、「今まで学んだ知識を、違う業界で武器にして頑張って」と激励してくれた。

教授の言葉を実感した

訓辞をありがたく受け、退学をきめた僕は、少しのニート期間を経て上京し、エンジニアとは似ても似つかぬ職に就いた。そして、かなり多くの場面で「高専の知識」が猛威をふるうのを目の当たりにした。高専時代はクラスメイト全員が持っていた、当たり前のように所有していた知識が、新しくやってきたここでは、ほとんどの人が持っていない知識だった。ゲーム風に言えば、フィールドを変えたらレア度が上がったのだ。

「知識が武器になるってこういうことか!」と、喜びよりは驚きが勝った。5年強かけて身につけた知識は意外と身についていて、僕の前に現れるいくつかの問題を、他の仲間ではできない方法で撃破した。

その一方で、新参者、イレギュラーなルートを辿った者として、「常識知らず」と言われることもあった。みんなが知っているはずのことを知らないのだ。そこを突かれると痛い、と思った。そして、その弱点を突かれ、排斥された現場もあった。防御力が足りていなかったのだ。

自分だけの武器、みんなと同じ防具

ここにいたって、僕は自分のスキルを「攻撃」と「防御」に整理した。
自分だけが持っているものは「武器」、攻撃力。
みんなと同じく持っているものは「防具」、防御力なんだと。

自分だけの武器がなければ、他の人に取って代わられてしまう。
みんなと同じ防具がなければ、最低限のことができずに見咎められ、外されてしまう。

どっちもあるに越したことはないのだ。向き不向きはあるにしても。

己のステータスをどう特化させるか、どう丸めるか、それ自体も自分づくりであるし、フィールドを変えることによって、武器と防具を入れ替える手もあるだろう。

自分が持っているスキル、知識のどれが「武器」で、どれが「防具」か?
それは、場所を変えたら入れ替わったりしないか?
武器がないと悩んでいるなら、フィールド替えも考えてみていい。

チームの中での自分の役割を考えるときもある。
自分だけの武器でアタッカーを務める。
みんなと同じ基礎技術でディフェンダーを、時にゴールキーパーを務める。
強力な防御担当はチームを助ける。
特化型のアタッカーが輝く場面がある。そんなイメージ。

例えば専門学校で学ぶ、ということは、その分野においては日本で1%以内に入る、ということだ(どんな専門学校でも、全体の比率からすれば100人に1人程度にもいないだろう、たぶん)。クラスメイトの中では落ちこぼれでも、日本全域で見ればレアスキルだと信じていいはずだ。

そんな世界観で、日々を歩く

とまあ、つらつら思っていることを書いたけれども、こんなこと、常日頃から撒き散らしていたら説教くさくていけない。何より、僕は僕として、日々の仕事の中で他者を超える武器をかざさなければならないのだ。防具の隙を見つけたらこっそり埋めながら、僕だけの武器を磨き続けていく。

ところで、武器のメンテナンスは自分で行うしかないが、防具のメンテナンスは仕事仲間に頼ってもいいと僕は思っている。なぜなら防具に相当するスキルは、仕事仲間同士、横一線であることに意味があるからだ。基礎的なスキルを高いレベルで保有する集団は、それだけで売り物になるわけだし。

他人と共有できるスキルは防具に相当してしまいやすい、という話でもあるかもしれない。



自分の武器、自分の防具。いれかえ可能なそれを手の内に、これからもやっていきます。

*1:どこの高専も大抵そうだと思うけど

リーディングスキルの問題文をあえて普通の文章に書き換える

togetter.com

について、せっかくなので、悪文・良文解説を試みたいと思います。はてなにおかれましては、日本語に一家言おありの方が多いかと思います。お詳しいみなさま、どうぞお手柔らかにお願いします。あるいは、手並みに覚えのある方は、ぜひ、わたくしと異なる書き換えにトライしてみてください。面白かったですので。


ではさっそくまいります。

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

【問】 Alexandraの愛称は(  )である。

選択肢 A.Alex B.Alexander C.男性 D.女性


【答】 A.Alex

ポイントは「順接の『が』」と、「余分な情報」かと思います。「の愛称であるが」は、逆接の意味をほとんどもっていません。また、「男性にも女性にも使われる名前で」の部分は、後段の言い換えにすぎず、文の骨子に影響していません*1

書き換え例:
Alexは女性の名Alexandraの愛称であり、男性の名Alexanderの愛称でもある。


次の例題。

オーストリア、次いでチェコスロバキア西部を併合したドイツは、それまで対立していたソ連独ソ不可侵条約を結んだうえで、1939年9月、ポーランドに侵攻した。

【問】 ポーランドに侵攻したのは、(  )である。

選択肢 A.オーストリア B.チェコスロバキア C.ドイツ D.ソ連


【答】 C.ドイツ

長すぎる主部」と「主述泣き別れシンドローム」の合わせ技かと思います。この場合は、「長すぎる主部」を一文に独立させて文意を整理し、主語と述語の距離を縮めると見通しがよくなります。

書き換え例:
ドイツは、オーストリア、次いでチェコスロバキア西部を併合した。その後ドイツは、それまで対立していたソ連独ソ不可侵条約を結んだうえで、1939年9月、ポーランドに侵攻した。


最後の例題。

アミラーゼという酵素グルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。

【問】 セルロースは(  )と形が違う。

選択肢 A.デンプン B.アミラーゼ C.グルコース D.酵素


【答】 A.デンプン

デンプンとセルロースに関する説明部分が、逆茂木型の連結になっています。特に、「酵素グルコースが」という部分が難解です。語順を入れかえて整理することによって多少ましになります。さらに、読者にとってなじみのない語句については、過度の省略は避けたほうが親切です……やりすぎると冗長になりますが。

書き換え例:*2
アミラーゼという酵素デンプンを分解する。だが、デンプンと同じくグルコースからできているセルロースは、デンプンとは形が違うため、アミラーゼでは分解できない。


こんな感じでございました。おそまつさまでした。



ふと思いたって追記:
実際の日本の社会を眺める限り、「これぐらいの悪文がさらりと読めない人」というのは多数いるように見えます。はてなは特殊なまでにインテリジェンスが集っていますし、その周囲の方々のレベルも推して知るべし、ということで、はてなではなかなか可視化されないでしょうが……。

この程度の悪文は巷にはあふれかえっているはずですし、その折々に断絶や格差、理解の速度差を生みかねないと私は思っています。せめてできるだけ、平易でわかりやすい文章を書きたい。

*1:その部分が先に登場しているところがまたヤラシイ。

*2:この書き換えあんまりよくないですね……

TOKYOヤマノテBOYSがVITAに移植されるそうなので、大真面目に書く

本来、このタイミングであれば、「MATSU-LIVE」の感想であるとか*1、ミニアルバム『NAKED MAN』の感想*2であるとかを書くところなのですが、それよりも何よりも、Rejet作品『TOKYOヤマノテBOYS』の完全VITA移植が発表されたのだ、ということについて早々とコメントしたいところです。

tybweb.net


『TOKYOヤマノテBOYS』(以下『TYB』)は、岩崎大介氏が代表取締役を務める、女性向けコンテンツメーカー「Rejet」が制作した、女性向け恋愛ゲーム(通称・乙女ゲーム*3)。当初はPC向けの作品で、2011年4月から本編3本、のちにオールスターディスク1本、ファンディスク3本を発売。のちにPSPに本編3本のみが移植されていました。


株式会社ウッドリンク主催の大会「TYB」は、都内の男子高校生No.1を決めるため、一週間を費やして行われるラブ・ロワイヤル。この「TYB」を舞台に、選ばれた男子高校生がたった1人のプリンセスを口説き合い、その魅力を競う……という筋書で、山手線の山の手地域の*4駅の特徴と紐づいた、個性豊かな9人が登場します。

のちのRejetの「行くと決めたら個性は振り切る」というキャラ造形の基礎が詰まっているという点で、Rejetヒストリーの中でも欠かすことのできない作品です。

……というような基本的な事情はもちろん重要な事柄ですが、私がここで特別に触れたいのは、『TYB』が持っている構造が極めて自覚的に乙女ゲームの俯瞰をすべく仕立てられている、という点です。


 以下、作中の台詞を一部引用します。が、ストーリーの本筋や展開に関わる台詞ではないので、ネタバレ度は低めとなっていますが、どうしても見たくない!という方はここまでとしてください。






作中の大会「TYB」に参加する男子高校生たちは、プレイヤーにとってはそのまま攻略対象となります。ただし、作品開始時の彼らは「大会によって女性へのアプローチを外部から強制されている状態」であり、実際にプリンセス、すなわち主人公に恋心を抱いているとは限りません。
この「大会による恋愛的アプローチの強制」はそのまま、〈ゲーム制作者によってプレイヤーとの恋愛を宿命づけられている〉キャラクターの状態とシンクロしています。

このように、作中世界の大会「TYB」で起きている出来事の多くは、現実世界の『TYB』=乙女ゲームによって引き起こされる事象のメタファーになっているのです。「TYB」は『TYB』の拡大模型さながら、その形を模倣しています。(当パラグラフ、17:00追記)


作中世界では「TYB」はテレビで放映されており、特に女子たちに大きな人気があります。プリンセスをうらやむ人もいれば、エントリーした男子高校生のアプローチを見比べては、自分の好みは誰だ、あなたはどうなのと盛り上がる人々も多くいます。
一方で、「TYB」によって不平不満を募らせている男性もおり、その一部は暴徒化に至っています。彼ら暴徒の理屈は作中、ある攻略対象によって総括されています。曰く、「女性の視線が大会に集まるということは、世の一般男性から女性の興味が離れていくことを意味する」と。

もちろん、この主張の前半を現実世界に置換すれば、〈女性の趣味嗜好が乙女ゲーム・2次元作品に集まるということ〉になることはもはや自明と言えましょう。

しかも、このロジックには反論も合わせて用意されています。
別の攻略対象による「この大会を見て勇気を持つ人もいるはず」というフォローや、プリンセスによる「みんなで見ている夢から楽しい感情が広がって……今、街中に充満している怒りを消し去ることができたらって……そう、思うんです」などの反応がそれで、このように、『TYB』は随所で「乙女ゲームで何が起こるか、何を起こすか」を自問自答し続けている作品なのです。


また、作中では、大会「TYB」の主催・株式会社ウッドリンクの社長として プレジデント を名乗る人物が要所で顔を出しています。この プレジデントは二重の意味でメタなポジションに位置しており、大会企画者でありながら、現実世界の〈ゲーム制作者〉にも似た意味を帯びたキャラクターです。*5

プレジデントが「TYB」を時に「物語」に喩えるのもその表れです*6。また、プレジデントが「夢が現実の災厄に負けてしまっては、誰も夢を見てくれなくなる」と言い、これを受けた攻略対象が「プリンセスを自分と置き換えて夢心地に浸る女性たちのためにも~(中略)~幻想的な夢物語を演じ続けろと?」と応じるシーンは、〈ゲーム制作者〉VS〈ゲーム内キャラクター〉の論戦として、ひとつのクライマックスです。

また、この作品の1本目のリリースが、東日本大震災の直後の2011年4月末であることも加味して考えると、(収録時期的にはあくまで結果的にでしょうが)凄まじい決意を秘めた一幕でもあるのかもしれません。
作中でプリンセスは「現実に暗い事件が多いからこそ、みんなTYBに夢を求めてる。わたしを見て、楽しんだり、勇気づけられている人がいるんだから、こんなことでやめられないよ」という言葉すら口にしています。〈ゲームキャラクター〉の発言として、あまりに献身的じゃありませんか!


以上のように、女性向けのエンターテインメント、女性向けのコンテンツを制作するRejetの思想の"におい"を感じ取れる作品として、『TOKYOヤマノテBOYS』は私の中で無二の作品として君臨しています。

この『TYB』がついにVITAで、しかも全作品がVITAソフト2本にまとめられると知り、ただただ喜びつつ、折に触れ「『TYB』の移植を待っています」とRejetさんに実際に伝えてきた甲斐が実ったことをも幸福に思っております。



あ、妙に真面目に書いてしまいましたが、個性が変なふうにとんがった男子高校生ズ(作中では「ヤマノテBOYS」)と、ツッコミがさえわたるプリンセスとの会話はコメディタッチなものが多く、気楽に笑いながらプレイできます。もちろんシリアスもしっかりこなせる、タフなキャラクターたちがそろっています。

未プレイの方はぜひ注目してください。
いやあー、楽しみです! 私も発売を心待ちにしています。

*1:編集に偏愛があって、手触りがゴリゴリしていたのがとてもとても好きです

*2:MVのフルバージョンで、「見られる」「見る(=目が合う)」をこれ以上ないくらいに焦らしながら明確にしてきたあたりで、ちゃんとしてる……と思っています

*3:あるいは「乙女ゲー」

*4:2017/01/29 11:58修正。六本木代表がいました。Twitterでご指摘をいただき、たいへんありがたく思っております。

*5:とはいえ、Rejet代表・岩崎大介氏と同値に語るのはリスキーだと思います。むしろ、「Rejet」そのものを背負ったキャラクターだと私は考えています。

*6:この比喩は他の攻略対象も用いており、この比喩によって彼らは〈ゲーム内キャラクター〉としての暗黙の自覚のもとに〈私〉に訴えかけるのです。

「AD-LIVE2016」Dive in マインドダイブのあれやこれ

2017年1月6日(金)から1月16日(月)まで、アニメイト池袋本店にて行われた「Dive in マインドダイブ」についてのあれこれをざっとまとめます。目的はログ残しです。
当然ながら、ネタバレを含みます。一部だけ見たい方は……うまいこと読み飛ばしてくださいまし。

「BELLSON HISTORY GALLERY」「MIND DIVE QUIZ SHOW」の解答用ボタン(実際に押せる)などもありましたよ。また、一部の衣装なども展示されておりました。
ただし、この記事は「後でDVD、Blu-rayで確認できない情報のみを扱う」という趣旨で構成されておりますので、掲載されていない小道具、大道具が観たい!という方は、ディスクをお買い求めください。現在予約受付中です!

各役の漢字表記

榊 誠司、保田 大
田中かな太、上野 聡
小川奏太、小川祥太郎
杉山正人、梅津俊之
真田昌幸、真田源次郎
渋谷 亮、梶 球
山田霊二、福山 ザ・デストロイ 潤
柴田純司、柴田祐二
ポピー、響 歌子
実島昭子、井上悦子
藤吉 朗、織田信長
森山正人、川島賢二

展示されていた小道具、大道具の一覧

☆:映像パッケージ予約者向けプレゼント対象(☆の数は当選者数)
【未登場】:劇中未登場

9月10日(土) 昼公演

モリーバス

(展示物なし)

キャンプ場
  • 白衣(寺島拓篤さん演じるキャラが過去に着ていた設定) ☆
  • キャンプセット(テーブル/チェア/ランタン/水筒/マグカップ)
戦場
  • KZウイルス犠牲者の少女が所持していた人形 ☆
  • 戦場の瓦礫 

9月10日(土) 夜公演

モリーバス
  • 鼻メガネ
  • お笑いコンビ「あっぱれ」のステージ衣装(鈴村健一さん着用) ☆
  • お笑いコンビ「あっぱれ」のステージ衣装(寺島拓篤さん着用) ☆
  • ドッキリプラカード ☆
郵便局前
  • お笑いコンビ「あっぱれ」のネタ帳

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  • 変身ヒーロー「ウンガナサスギー」の変身ベルト
  • 変身ヒーロー「ウンガナサスギー」の武器①:剣
  • 変身ヒーロー「ウンガナサスギー」の武器②:ライフル
  • 【未登場】変身ヒーロー「ウンガナサスギー」の武器③:銃・大

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  • 【未登場】変身ヒーロー「ウンガナサスギー」の武器④:銃・小

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ホテル
  • ローテーブル

9月11日(日) 昼公演

モリーバス

(展示物なし)

コンビニ
地下鉄
  • アホナオール(劇中ではアホナールとして使用) ☆
  • 地下鉄の時刻表

9月11日(日) 夜公演

モリーバス

(展示物なし)

裁判所
  • 【未登場】懐中時計

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  • 【未登場】パイプ

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  • 【未登場】小切手

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事故現場
  • 事故現場のガードレール

9月24日(土) 昼公演

モリーバス
  • お菓子缶
  • Tシャツ(堀内賢雄さん演じるキャラが子供時代に着ていた設定) ☆
  • マジックボールキャッチ
  • スケッチブック(画・堀内賢雄
  • 油絵(堀内賢雄さん演じるキャラのライバルが描いた設定)
授賞式会場
  • 「今日は父の日! キッズお絵かき大会」の表彰状 ☆

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  • 「今日は父の日! キッズお絵かき大会」の表彰メダル*2
  • 絵日記(堀内賢雄さん演じるキャラが子供時代に書いた設定)

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遊園地
  • 【未登場】弁当箱

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9月24日(土) 夜公演

モリーバス
  • サッカーボール
  • プラスチックバット ☆
  • 野球ボール ☆
  • 股間破壊の出来事が掲載されたスポーツ新聞
  • 三輪車
時計台
  • 壊れた時計台の瓦礫
墓地
  • 梶家のお墓がある墓地の桶置き

9月25日(日) 昼公演

モリーバス
  • 超能力テストで使用したスケッチブック
  • 木こりアイドル「星野ゆか(ゆかりん)」の鉈
  • 兄弟の写真
机の上

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  • 木こりアイドル「星野ゆか(ゆかりん)」のCD

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  • 巨大文房具セット(木こりアイドル「星野ゆか(ゆかりん)」のPVで使用された設定)
お茶の間
  • 座布団 ☆☆
  • 【未登場】ダジャレノート

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9月25日(日) 夜公演

モリーバス

(展示物なし)

歓楽街
空港
  • 入れ歯(福山潤さん、中村悠一さん演じるキャラの祖父のもの) ☆
  • お爺さんのメガネ(福山潤さん、中村悠一さん演じるキャラの祖父のもの)
  • デイパック ☆

10月29日(土) 昼公演

モリーバス
  • 犬用ボール(大、中、小) ☆
  • ササミジャーキー(人犬兼用)
  • くまのぬいぐるみ ☆
  • 王冠(高垣彩陽さんが着用) ☆
ステージ
研究室
  • 犬用キャリーバック*5 ☆
  • 犬用薬袋

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  • 研究室のヘッドギア ☆

10月29日(土) 夜公演

モリーバス
  • ペアアイテム(釘宮理恵さん演じるキャラと婚約者のもの) ☆☆☆☆
お祭り
  • 手紙(釘宮さん演じるキャラが婚約者に送ったもの)

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  • 縁台
自動販売機前
  • 婚約指輪(釘宮理恵さん演じるキャラクターのもの)*6 ☆
  • デジカム(釘宮理恵さん演じるキャラへ婚約者が宛てたビデオレター)

10月30日(日) 昼公演

モリーバス
銭湯
図書

(展示物なし)

10月30日(日) 夜公演

工場
  • 作業服
  • 工具①
  • 工具②
留置所 *7
  • セーター(浅沼晋太郎さん演じるキャラが事故時に着用していた設定)
  • 銀行の預金通帳
  • 強奪した金の隠し場所を記した地図*8

各回共通

  • 思い出ボックス
  • BELLSON社社員証 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

会場内アナウンスの一例

「茶山主任、808研究室へお越しください。」

「本日は、ベルソン社マインドダイブ見学ツアーにお越しいただき、まことにありがとうございます。マインドダイブとは、事故や疾患により意識不明、もしくは心を閉ざした方の精神に直接入り込み、記憶を刺激することで、意識を回復させることのできる治療方法です。マインドダイブの詳しい情報は、ベルソン社ウェブホームページをご覧ください。」

「前田研究室の公開実験が、本日19時より行われます。申込期限は18時までです。」*9

「お客様にお知らせいたします。17時15分よりマインドダイブをお申し込みの二宮様、最終カウンセリングを済ませたあと、Eブロック・21番扉の前に、開始10分前にお越しいただきますよう、お願い申し上げます。」*10

「お客様のお呼び出しを申し上げます。本日、18時30分よりダイブインのご予約をいただいております、シド様、シド様。1階受付までお越しください。」*11

こぼれ話

不愛想な記事にここまで付き合ってくれた方に、御礼として、さらに写真を3枚ほど……

戦場の瓦礫の裏側には……
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出演者様向けの注意書きがペタリ。貼ってあるのはおそらく透明の養生テープ。

巨大文房具セットのペン立てには……
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ベルソン文具のロゴ。蝶がモチーフなのは、トンボ鉛筆さんを意識したのかもしれないですね。

そしてそして、これはなかなか見られるものじゃないよね、という一枚を。
高垣彩陽さんの夜公演の衣装が持っていた、カードを横から覗き込むと……*12
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クイズショー用のメモが! 手書きで修正した後も見えます。修正前よりも修正後のほうが圧倒的に良いと思います。すばらしい!

さらにこぼれ話

ここまでお付き合いいただき、まことにありがとうございます。重ねての御礼として、未登場アイテム「睡眠薬
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……の裏側はこんな感じでした。
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案の定というか、なんというか、めちゃくちゃ細かく「それっぽく」作られていました。マインドダイブのロゴマークまで入っています。すごいなあ、AD-LIVE。

……というわけで、社員証に引き続き、「睡眠薬」までいただいてしまい、AD-LIVEには本当にお世話になっております……。「睡眠薬」は未登場アイテムでしたし、Blu-rayを6巻すべて予約しており、その応募券6枚をすべてこの「睡眠薬」に突っ込んでいる*13ので、当たりやすいかな?とは思っていたのですが。ありがたい限りです。


ところで、昨年の展示会でも、小道具をひとついただきました。そんなわけで、トモダチファクトリーのロゴが入った小道具が手元にありますので、それはまた今度、ご紹介できたらと思います。

*1:FENDER / Classic Series '72 Telecaster Custom Blackだと思います。

*2:金、銀、銅の三種あり。

*3:本当に未登場かどうか、確信が持てません……。

*4:登場場面が間違っています。登場したのは次場面「空港」です。

*5:正しくは「バッグ」です。

*6:登場場面が間違っていると思います。登場したのは場面「お祭り」だったような……。

*7:展示内のパネルで、留置場・留置所の表記ゆれあり。

*8:留置所だけではなく、前場面、工場でも登場していると思います。2枚に破かれており、1枚ずつ登場したような記憶が……

*9:ちょっとしたクロスオーバー。前田といえば、「AD-LIVE2015」の……

*10:ちょっとしたクロスオーバーその2。二宮といえば、「AD-LIVE2015」の……

*11:ちょっとしたクロスオーバーその3。シドといえば、「AD-LIVE2015」の……

*12:衣装は撮影可でした。

*13:裏側がぜひとも確認したかったから、という理由です。

歌手・鈴村健一は合体後の姿です - 総体としての鈴村健一論

前置きとして。
aikoに関するあるエントリ(スタバでaikoを聴いていたら隣にaiko的世界が生まれていた - 真顔日記)に触発されたことをまず白状したい。わたしはaikoの曲は何曲かを聞き知っているだけで、それを保有したことはなく、なので、aikoに対して特別な思いを持っていない*1

けれど、それに類するというか、ベクトルは違ってもスカラー量は似ていそうな思いを抱いている相手はいる。

それが、鈴村健一という歌手だ。

というわけで、わたしはあのエントリの文章に嫉妬をしたので、鈴村健一という歌手の話をする。


「歌手の」「歌手の」とくり返すのは、彼がそのメインの活動を「声優」においているからだ。世間一般的にも、鈴村健一といえば、まず声優としての彼の活躍が連想されるはずだ。もちろんその軸足の所在はとても重要なのだけれど、今はまず、歌手としての鈴村健一の話からする。声優としての鈴村健一は、まずは一旦さておいて。


特に2017年1月時点での最新シングルを基盤として話すのがわかりやすいので、そこから始めたい。

鈴村健一の最新シングル『HIDE-AND-SEEK』は、その表題曲「HIDE-AND-SEEK」と、カップリング曲「ポーカーフェイス」の2曲を収録した盤で、TVアニメ『はんだくん』とのタイアップシングル*2でもある。つまりこれは、「HIDE-AND-SEEK」という楽曲(の特に歌詞)が『はんだくん』とよりそって*3書かれたことを意味する。


ここから各曲について。

「HIDE-AND-SEEK*4」における世界では、主人公(仮にハイド君)は人の視線から逃げている。探されたり、見つめられたりはノーサンキュー。目を合わせるなんてもってのほか。でも内心では〈みんなで笑ったりしたい〉と、漠然としたポジティブな憧れをもっている。なお、笑うほかに何をしたいのかはこの時点では定まっていない。

 直接は関係ないけれど、テレビアニメ『監獄学園』の第1話で、キヨシのセリフが微妙に改変された中に、「俺はもっと女子と、もっといろいろ……なんかいろいろしたいんだ!」がある。原作に比べて闇雲さがてんこ盛りになっていて、男子高校生の荒唐無稽な妄想の存在が匂い立つ。横手美智子さんによる名改変だと思います!


話がそれた。

まあつまり、ハイド君は、具体的に何がどう…ということはわからないなりに、「みんな」に加わることを願っている人だということだ。俗な表現にすると、リア充になりたいコミュ障と言える。

リア充への憧れを叶える第一歩として、ハイド君は「もういいかい」と呼ぶ声に「もういいよ」と応えることから始めようとしている。顔を合わせることは無理だけど、定型文で応えるぐらいならなんとか……という、これはもう相当奥手な主人公像だ。なんなら「オクテ」と書いてもいいくらい。


ところが、その裏面(という言い方も今では相当古い言い方なのだけど)の楽曲「ポーカーフェイス」では一転して、主人公は相手をガン見している。
表情を〈言葉よりもピュアな〉ものとして位置付け、〈目をそらさず〉、視線を相手に向け続けている。なんなら「相手」はその口調からして女性らしいので、どうやら恋人までいる。ハイド君が〈君と目を合わせることすらできな〉かったのとは大違いだ。

〈「嘘くさいよ」って ちゃかしすぎちゃ〉うこともあるぐらいなので、きっと圧倒的にコミュニケーション強者に違いない。「ちゃかす」なんて高等技能、コミュ障が使えるわけはないのだからして。最後には、あ、ああ……〈愛〉とか言いはじめますし??

ということは、この2人の主人公は別人、と言ってさしつかえない。もしかすると時間軸の異なる同一人物、という可能性はあるが、それにしたって、ほぼ別人だと言ってもいいはずである。なんなら声だって違うかもしれない*5。というわけで、「ポーカーフェイス」の主人公は仮にフェイス君と呼ぶ。

もし仮に、ハイド君とフェイス君が出会ったとしたら、ハイド君がとにかく避けようとしている視線を、フェイス君は突き刺そうとするだろう。「視線(視覚)」という点において、この2人は思い切りすれ違っているのだから。
ハイド君が勇気を振り絞って口に出す定型文の声も、フェイス君は「それより顔見せろや」ぐらいの勢いで脇に置いてしまうに違いない。鬼だ(かくれんぼ的な意味で)。

もちろん、両曲とも鈴村健一が作詞し、歌ってもいるので、ハイド君もフェイス君も、鈴村健一が生み出し、表現した人格だ。
それなのに、ハイド君とフェイス君は別人であり、互いにわかり合えない。視覚を拒絶し、せめて聴覚に訴えることから始めようとするハイド君に対して、視覚ばかりを振り向けるフェイス君はある種、残酷ですらある。



でね、ここからが歌手・鈴村健一の面白くってややこしいところだとわたしは思っているんですけど。

この仮称・ハイド君とフェイス君は、実はジャケットに登場している。顔を出しているのがフェイス君(演:鈴村健一)で、裏側に頭から逃げ込んでいるのがハイド君(演:鈴村健一)だ。

つまり、ここで起こっているのは、役者・鈴村健一による芝居なのだ。ハイド君を演じる鈴村健一と、フェイス君を演じる鈴村健一がいて、それは映像(写真も映像に含まれる)の中では同時並行的に存在している。


メインの活動が声優――役者である鈴村健一にとって、歌の人格が“まごうことなき”自分自身である必然性はきっとそこまで高くないのだろう。ならば、自分の中にあるいくつもの「言い分」をそれぞれキャラクターにして、楽曲の中に独立させてしまって構わない。役者・鈴村健一は、その楽曲ごとにハイド君になり、フェイス君になる。もっと多彩な人物にも、時には犬にだって。


そうやって一旦解体し、輪郭を確かめた人格――すなわち楽曲たちを、自ら歌うことでふたたび自分自身に引き取っていく試みこそが、総体としての「歌手・鈴村健一」なのだとわたしは解釈する。それはいわば、歌唱と身体(写真)によるアウフヘーベンだ。

「歌手・鈴村健一」はすでに合体を済ませた姿なのだ。


このように、別個のパーソナリティとして仕立てた心を、自分自身の身体と声で引き取って、総体としての「鈴村健一」を表現する、という《解体・再構築》の流れは、鈴村健一の「いつものやり方」でもある。「INTENTION TOUR」の映像パッケージでも、多くのライブのパンフレットでも、鈴村健一は自分の像を一画面にいくつも並べて提示してきた。


このようなバランス感覚は、かつてミニアルバム『互』で試みられ、シングル「All right」「brand new」などに顕著に見られるものでもある。
「何かひとつ極端なことを言ったからには、それにカウンターを喰らわせずにはいられない」……というのが鈴村健一のかねてからのくせ*6だった。
そのカウンターの存在は、あくまでも「総体」としてのアイデンティティの獲得や、言葉の脱構築*7に貢献していると言える。

絶え間ない自分自身への“うたぐり”、「本当にそうか? 別の見方もあるんじゃないか?」という問いかけは、時に、一見すると矛盾する表現に着地していってしまう。
鈴村健一は、その矛盾を個別の人格(楽曲)に結実させて解消する代わりに、一曲一曲を自ら、誠実に歌い上げることによってもう一度まとめあげ、その自己矛盾すら〈正解〉として、全面的に肯定してきたのだ。


そして、この構図は、ひとつの可能性――希望を内包することができる。

それは、「歌手・鈴村健一」は、ある瞬間にハイド君であり、ある瞬間にフェイス君であり――ある瞬間には「わたし」だ、という希望だ。

aikoを聴く人がほとんどaikoであるのとは対照的に、鈴村健一はときに「わたし」なのである。だからこそ、彼の歌う楽曲はある時、ある場所、ある場面で強烈に、とても個人的な想いを伴って、身体にしみ込んでいくようにわたしには感じられるのだった。


……なんてことをまとめようと思っていたら、新しいミニアルバム『NAKED MAN』のリード曲「NAKED MAN」には、〈重ね着しすぎた僕のために〉というフレーズが含まれておりましてですね、自らの多重性についての自覚とか、それを適宜リセットしていく感覚とかに、ああもう負けました……と思ったのでした。*8

発売を楽しみにしております。


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以下余談。

上の「NAKED MAN」のMusic Clipは、画角4:3、映像も一旦VHSに落としてからデジタルに移し直しているそうだ*9。かつ、全メンバーが過剰なウィッグと衣装。

この映像の意図はおそらく、「カメラが1970年代に存在する」(=観測者が1970年代に生きる人である)ということだろう。DEEP PURPLEを思い出しましたし。もうちょっときっちり決め込めば、1974年9月あたりになるかもしれない。鈴村健一氏の生年月日あたりに。

そして、その『観測者』からすると、彼らはあのような〈重ね着しすぎた〉姿に見えてしまう…… とか、そんな感じかもしれませんね。そこまではまだ全編を観ていないのでわからないですけれど。

どうなんでしょうね。

*1:くだんのエントリ風にいうと、わたしはあまりaikoではない

*2:「あすなろ」「シロイカラス」に続き、アニメとしては3枚目のタイアップとなる

*3:≠影響下で

*4:HIDE-AND-SEEKとは「かくれんぼ」のことで、歌詞中にも「もういいかい」「もういいよ」のフレーズが何度となく繰り返されている。また、これは筆記上は一重カギにくくられているので、歌中の世界で発声されている言葉でもある。

*5:アニメ『はんだくん』とアニメ『ばらかもん』の関係からいっても

*6:このあたりについては、津田健次郎 責任編集『EDGE』でのインタビューにおいて、「バランス」という表現で明瞭に語られている。

*7:ある歌では「Aである」と歌い、ある歌では「Aでない」と歌うために、表現の上では矛盾するが、それを歌唱によって総体の側に引き取ることによって、意味としての矛盾を解消している例が散見される。

*8:ところで、このフレーズ自体は福本伸行『天 -天和通りの快男児』における、「成功を積みすぎると満足に動けない」に相通ずるものがありますね。かの作品では「成功」でしたが、「NAKED MAN」では〈重ね着〉すなわちファッションであり、他者からの視線と関わるもの、「観測される自分」と不可分である点が大きな違いと言えます。

*9:2016年12月24日「Original Entertainment Paradise 2016」両国公演1日目MCより。

覚書 キャプションのダミーあれこれ

togetter.com

震えますね。間違えた文章を書いたのではなく、テキストボックスにダミーのテキストを入れていたのが、残ってしまった、という事例です*1。ダミーを残したまま刷ってしまう…… 雑誌におけるひとつの悪夢と言えましょう。

実際に入っていたテキストはこう。

キャプ 中ゴ BBB_キャプ 9Q11H フライパンにオリーブ油とにんにくを入れてあたため、香りが出たらにんにく

中ゴシックBBB(モリサワ)、文字サイズは9級、歯送り11H、という情報が含まれていて、個人的にはかなり親切な類のダミーだと感じます。キャプ末に文字数を表すWがあると、さらに親切かもしれません。定例のページだから省かれているのかしら。


この手のダミーでは、「正しいテキストと間違うようなダミーは入れるな」が鉄則かと思います。私が好んで使用するのは

  • □□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■
    • 亜種で □□□□□□□□□10□□□□□□□□□20□□□□□□□□□30
  • これはダミーですこれはダミーですこれはダミーですこれはダミーですこれはダミーです
  • さしかえ□さしかえ□さしかえ□さしかえ□さしかえ□さしかえ□さしかえ□さしかえ□

などの繰り返し系のもので、パッと見での違和感が強く、かつ文字数が数えやすいところが嬉しい。プロポーショナル系のフォントを使用している誌面だと厳密な文字数を数えてもズレることがあるので、あくまで参考とはいえ、やはりW数はあるに越したことはない。

また、電話番号、価格のダミーについても、

  • 03-0000-0000 ¥0,000

タイプよりは、

  • 03-●●-●● ¥●●

のほうが黒くて視認性が高いという点で好んでいます。電話番号のほうは0埋めでもまだしもなんとかなるんですけど、価格は0で埋めておくと特に見落としやすい気がしますので、みっともないのを承知で●を使用。黒い文字に対する赤入れは見やすく書くのにコツが要りますが、それはちょっとしたテクニックですし。


また、ブコメにあった「ダミーテキストには必ず特定の文字列を入れて、校了前にその語で一括検索チェック」というのはめちゃくちゃ有効!!
……だとは思うのですが、オペレーターとデザイナーが同一の現場にいるなど、親密に意思疎通が図れる場合、という条件がついてしまいそうに思えます。

少なくとも、私が経験した現場の多くで、デザイナーとオペレーターは別の会社の方でしたし、そもそも、デザイナーごとにダミーテキストのパターンも違いました。きっちり意思疎通できる単発の書籍か、あるいはよほど定例化して統率の取れている定期刊行誌などでないと、なかなか難しいかな……というのが率直な印象です。

嗚呼、哀しき年末進行……身につまされます。私も気を付けなくては!


ところで、冒頭の記事の事例。
「色校時のライター側の見落としによるダミー残り(=さしかえ指示そのものがなかった)」なのか、「オペレーターの作業漏れによるダミー残り(=さしかえの指示はしたが訂正し損ねた)」なのかによって責任の所在がまるっきり異なります。どちらのほうがよりあり得るか、その現場ごとに異なるかと思いますが、だいたいの場合は―― おや、こんな時間なのに誰か来たようだ。

*1:「だと思います」ではなく、「事例です」。

そういえばあの時ぼくはセンサーくんだった

起き抜けの午後、シャワーを浴びている最中に唐突に記憶がつながって、「そういえばあの時ぼくはセンサーくんだった」と思い出した。

いつもの様式なら「フェイクありで」などとして、実際にフェイクを入れてしまうのだけれど、この記憶は今だけ鮮明にとらえられるもののように思えるので、できるだけ事実の通りに思い起こし、書き起こそうと思う。この文章にフェイクを混ぜてしまったら、ぼくは自分の文章によって記憶を外側から改ざんしてしまうだろうから。


もう20年以上は前のこと、当時のぼくは小学生だった。
ぼくの通っていた小学校は大きく二棟――正確にはそのそれぞれがさらに二棟――に分かれており、昇降口を抜けて左手側に下級生棟、右手側に上級生棟があった。各棟には各学年4つの教室と、一部の専門室(音楽室とか、家庭科室とか)が分かれて入っていて、それらをつなぐ部分にも、図書室なんかがあったように記憶している。

そして、昇降口を上がって右手に折れ、左手には上に上がる階段、右手には上級生側の教室に入る廊下が見えるロビー的空間に、階段に寄り添うように売店があった。売店、というほどのスペースではきっとない。その空間に、スタンド式の、回転するタイプの本棚がいくつか展開され、ノートがさしてあって、キャスターのついたガラスの展示ケースには中にも上にも小物が置いてあった。三角定規やら分度器、肥後守なんかはケースの中だったかな。

そしてそこには、「売店のおっちゃん」がいたのだ。禿げ気味で、藍色のエプロンをして、陽気なおっちゃんが。

おっちゃんはいつも立っていたように思う。休み時間で、生徒を見たから立ち上がっただけなのかもしれない。小学校では、授業時間中には商売はそうそう起こらないだろうから。

階段の下には扉があったような記憶もある。たぶんきっと倉庫だろう。もしかしたら売店のおっちゃんがちらっと座れる机のようなスペースがあったかもしれない。下校時刻を過ぎたら、そこにガラスケースやら棚やらを押し込んでいたのだろう。

ぴかぴかの1年生、学校案内の最中に、そこも紹介された。必要なものはここで買えるから、というような。上級生の棟に近い場所にあったから、1年生にとっては少しの遠出。じゆうちょう130円。それだけはよく覚えている。

1年生に上がってすぐ、ぼくが初めて売店のおっちゃんと話した時、そこでおっちゃんはぼくに「センサーくん」とあだなをつけてしまった。ぼくの通っていた小学校では当時、1年生はみな名札をつけるきまりだった(今時、個人情報を胸からさげることもないだろうが)。ちゃんと名乗ったのだと思うが、こちらがうまく名乗らなくても名前は読めただろう。話が前後してしまったが、売店のおっちゃんは、ぼくの名前をもじって「センサーくん」と呼んだのだった。

ぼくがその小学校に通っている6年間、売店のおっちゃんは代替わりをせず、おっちゃんにとってぼくは変わらず「センサーくん」であり続けた。

今、大人になって、6年間ものあいだ、あるひとりの子どもを「センサーくん」と呼び続けることについて、ぼくは何かしらを思ってしまう。


ついでに、ぼくは女性なので、女の子を「センサーくん」と呼んでいたことにもなる。――なら一人称を「わたし」にしろよわかりづらい、との用向きもあろうが、3音節の「ぼくは」のほうが、「わたしは」よりおさまりがいい気がしてつい。


ともあれ。
ぼくが「センサーくん」であったことを、もちろんおっちゃんは忘れてくれていて構わない。いい思い出になっているなら、それはとてもすごいことだ。
わたしにとってはいい思い出だ。こうして、たまたまとらえたこの日のこのうちに、書き残しておきたくなるくらいに。

きっと、いまあの売店のおっちゃんと再会したとして、お互いのことを覚えていたとして、話が弾むのはせいぜい5分だろうが、5分も話が弾めば十分すぎるはずだ。



2017年もよろしくお願いします。