マラソンするアプリゲームと、運の荒波、ちょっとだけAD-LIVEの話

ガチャ一回で最高レアである☆4を一点引きしてしまったので、ボーイフレンド(仮)きらめきノート(リンク先・音注意)でマラソンしてみております。でもたぶんこれ無理なやつです。


スマートフォンゲームではもはや恒例となった「期間中のプレイ成績」によるランキングイベントは、"報われ"の構造が明確であり、極めてジャパンな感じがいたしますね*1

しかし、アプリゲームにはもうひとつ、大きなマラソンがありますよね。リセットマラソン、通称リセマラが。

こちらは、運(ゲーマー的にはリアルラック)を試行回数で突破するという趣旨のもので、いつ終わるかもわからないところが苦しいところです。性能だけを突き詰めればいいとも限らず、俗に「終了候補」と言われるものの中でも、特に一部、場合によっては一点を狙う場合には、ことによると1000分の1以下を10連+1で狙う場合もあり*2、なかなかシビアです。


1Fの操作、256分の1を常にくり返すようなTAS(Tool-Assisted Superplay)領域のなにかを、単純な試行回数で突破するリセットマラソンは、すなわち、人力やり込みにおいてはゲーム内タイムアタック、通称TAの時に行われるプレイでもあります。

そう考えると、リセットマラソンが一部プレイヤーに積極的に実施されているこの状況は、スマホゲームプレイヤー総やり込み人化現象ともいえるような気がします。

一方で、ランダム事象のカタルシスは、ボタンを押すと餌が出てくる機械を用いた動物実験でも示されているところで、僕らは常に偶然なる事象に振りまわされているのかもしれません。

かといって、ここでいう運は、実は結果ではなかったりします。運はどちらかというと、どのように扱うべきかを試される何かです。

運の荒波を乗り越えることがゲーム性に寄与する、というのは、多くのゲームで見られる構造です。小規模なところでは、「ぷよぷよ」「テトリス」に代表される落ちもの系ゲームの「NEXT」がそれですし、より大きな流れの中で言えば、「風来のシレン」など、不思議のダンジョン系もまた、運の波をいかに乗りこなすか、ということがゲーム性の主たる部分です。

話が逸れますが、SFC版「風来のシレン」の初期ダンジョンであるテーブルマウンテンは、慣れた風来人(プレイヤーのこと)であれば、ほぼ100%攻略することができます。めちゃくちゃな大事故があると頓死することがありますが、その可能性は相当なレベルまで減ります*3

何が言いたいかというと、「運を乗りこなし、時にねじふせることは楽しいことだ」と言いたい。


ちょっとだけAD-LIVEの話に持っていきますが、あれもまた、アドリブワードという偶然をどう扱うか、という楽しさがあるように思えます。アドリブワード自体は一定の傾向を持たされていますし、何より「任意のタイミングで引ける」ということでもあるので、コンピュータゲームにあるランダムとはまたちょっと解釈を変えるべきでしょうが、「くせになる」楽しさがあるのは間違いないと思いますよ。


なんとなく論が発散してしまったので、この辺でいったん閉じ、きらめきノートをプレイしてこようと思います。判定がかなりシビアで苦しんでいます。スタミナ食いすぎで上位難易度練習できないってばさ!

*1:JRPGの主たる特徴に、"蓄積型経験値制"が含まれていることの話です

*2:仮に1000分の1&11連で計算したら、終了確率は約1.19%でした

*3:そして大体の場合、その事故は1フロア目で起こります