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Rejet岩崎大介の愛と暴力 ~ DIABOLIK LOVERSにおける救済の仕組み

このカテゴリをはてなブログにぶち込めることが嬉しくてならないな!


女性向けコンテンツメーカーRejet代表取締役にして、プロデューサー・作詞家の岩崎大介。通称は岩D。乙女の耳を制圧し続けているRejetコンテンツのほぼすべて*1の作詞を担当し、なんと作詞200曲記念のベスト盤「iD Best」2枚の発売も控えているという、知る人ぞ知るカリスマレジェンドである。


自らの作詞で作品の世界観を規定する方針は多くの作品で貫かれており、2014年にニコニコ生放送で行われた「24H RejetTV 夏祭り~アリノママデ▼*2~」内コーナー、「炎の真夜中挑戦者*3 ~乙女ゲームを2Hで作ろう」では、ほとんど何も決まっていないうちから「じゃあとりあえず作詞しようか」と発言し、コアな岩Dファンからの快哉を浴びた。

作詞においてはルビの多用、コーラス、台詞の導入など、超高密度に多重化された構造を構築することに定評がある。外国語の音での日本語詞とのダブらし、熟語に別熟語の読みを振るなど、そのテクニックは多彩かつ縦横無尽。2016年5月26日現在のTwitterトップのツイートにある「語りTooCoolしました」というコメントも通常運転。


そんな岩崎大介氏の作詞について、私は語りたいのである。


今回は一回目なので楽曲の各論は避けて、特にRejetの評価を高めた作品「DIABOLIK LOVERS」に明らかである「愛と暴力」の関係について書こうと思う。


「DIABOLIK LOVERS」における登場人物は、ほぼ漏れなくヴァンパイア、吸血鬼である。彼らは人間をなんとも思っておらず――あるいは餌としか思っておらず――、そもそも「心」や「愛」にきわめて鈍い。寿命から解き放たれているがゆえに、死を祝福ととらえ、「いつ死ぬか、いつ死ねるか、その時を待ってる」*4と語る。

つまるところ、彼らヴァンパイアは愛の様式どころか、根本的な価値観からして異なる存在として描かれているわけだ。

そんな彼らのテーマソングの一「真夜中の饗宴(MIDNIGHT PLEASURE)」のサビでは、〈愛〉と書いて《いたみ》と読ませる個所が出てくる。


そもそも岩崎大介の作詞においては、一種の暴力行為と愛を直結する表現は多かった。「DIABOLIK LOVERS」以前においては武器と隣接させた作例が多く、「TOKYOヤマノテBOYS」桐嶋伊織(CV.鈴木達央)の「LOVEマシンガン」における〈愛の弾丸(LOVE BULLET)〉、同作品・九条拓海(CV.遊佐浩二)の「今宵、この切っ先で」、Scared Rider Xechs*5「愛のZERO距離射撃 ‐loveshooooot!!!!!-」などの例が挙げられる。ほかにも〈愛の剣〉というフレーズは、TYBシリーズ「終わりなき愛の決闘者」、DIABOLIK LOVERSシリーズ「極限BLOOD」などに登場しており、一種の定型となっている。


とはいえ、「真夜中の饗宴」の作例はさらに進化、発展を遂げている。

彼らの行う吸血は明らかに暴力行為であり痛みが伴うものである――彼ら自身もそう歌い上げる――のに、それは「歌詞カードを読む者」、言い換えれば〈受け手〉にとっては「愛」である、という構造があるからだ。

音という聴覚情報においては《いたみ》、
目で見る視覚情報においては〈愛〉である。

この構造は、彼らが発した【情報】と受け手が読み取る【意味】の間にある大きなずれを浮き彫りにし、その反射として、ヴァンパイアによる吸血という暴力行為を愛情の発露として再配置してしまう。

「DIABOLIK LOVERS」においては求愛を振り替えて「吸愛」としたり、求婚を振り替えて「吸婚」とするという面白当て字があるのだけれど、これらはあくまでキャッチコピーとして存在するのみで、男性側から提示されることはない。

男性側である彼らは自らの行為が暴力であることを頑として譲らず、ただ女性側がそれを積極的に解釈することによって、その暴力行為が愛情として救済されるのである。一見の関係性とは裏腹に、「DIABOLIK LOVERS」は圧倒的に女性優位に組まれているのだ*6

その女性優位の構造はもちろん、女性向けコンテンツが宿命的に持っているものだろう。だから、それをもってして「岩崎大介の持つ世界観」としてしまうのは乱暴な分析だと思われる。

一方で、草食系男子という表現が浸透したことから推測できるように、一部の男性が己の欲望を一種の暴力と位置づけ、その発露を封じている実情もあるのではないだろうか。


だとすれば、岩崎大介が暴き出した「暴力を愛と読み替える」セオリーは、現実の男女に起きているすれ違いをも救うかもしれない。



――と、むやみやたらと話を大きくとっ散らかしたしたところで今回は終わり。


この構造から「愛ってしょせんは錯覚でしかないな」と思うか、
「愛に決まった形はなく、ふたりの間に見出すものなんだな」と思うか、それは各人の自由。

*1:もしかすると全曲

*2:▼はハートマーク

*3:「ミッドナイトチャレンジャー」と読む。真夜中と書いてミッドナイトと読むのは岩D定番

*4:DIABOLIK LOVERS ドS吸血CD MORE, BLOOD Vol. 09 逆巻シュウ 極限の愛 より

*5:なんと2016年夏にアニメ化が決まっている

*6:一見とは裏腹、とは書いたものの、ゲーム1作目のシナリオを通読すると、主人公優位であることはこれ以上ないほど明らかになる。以降も一貫してシリーズ内では主人公優位が貫かれる