()内は可変
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「そんなつもりじゃなかった」マウンティング

「そんなつもりじゃなかった」

 という発語にうんざりした経緯があって、こんなタイトルをつけている。




 先に結論から書く。

 そんなつもりじゃなかったことを認識している相手に対して
「そんなつもりじゃなかった」
 と発語することはマウンティングの一種であって、
 相手に免罪を要請する卑劣な手だ。



「そんなつもりじゃなかった(そう、つまり君は誤解してるんだ。君は僕に悪意があったか、そうでなければなんらかの思惑があって行動したかのように言うけれど、正直僕はそこまで深いことは考えてなかった。誤解なんだ、誤解なんだ、君が傷ついているのは、怒っているのは、君の誤解に基づくものなんだよ、だって僕にはそんな悪意も思惑もないんだから。君が誤解したのが原因なのさ。君の誤解が解ければこんな居心地の悪い議論はしなくて済んで、次の段階に進めるだろう、だから僕の悪意や思惑を勝手に決めつけないでおくれよ、決めつけた途端に間違っているのは君だからね。僕の内心は僕の聖域だから、君が外からどう言い募ろうと、そんなつもりじゃなかったことは揺るがないよ。だからその誤解を解いて、決めつけはやめてくれ、それが誠実な態度ってもんだろう)」

 ぐらいのことは言っているのだ。
 ……そして、「その発言はつまりこれぐらいのことは言っているわけだが」と確認すると、「そんなつもりじゃなかった」以下ループ。

 なお、「そんなつもりじゃなかったことを認識している相手に対して」という前置きは重要である。本当に誤解しているのなら、その誤解は解くべきだろうからだ。
 



 ある程度発展したモラリティを持ち合わせたケンカでは、実は「謝罪」はそれなりに強いカードでもある。
 謝罪した時点で、相手に免罪を迫れるからだ。
 謝っているのに許さないなんてそっちこそ酷い、というカウンターがあるし、弱い態度を見せた相手をさらに打ちのめすのには心理的抵抗を持つ人もいるだろう。
 むろん、過失や罪を認めた時点で隙が生まれるので諸刃の剣ではあるわけだが……

 「悪かった」などの直接的な謝罪に対して、
 「そんなつもりじゃなかった」はさらに一手卑劣である。
 謝罪の文言を含んでおらず、解釈の仕手に責任を転嫁している。

 内心を忖度してくれ、という要請は、行動の過ちを見逃してほしいという願望の言い換えではなかろうか。
 内心は誠実だから、正義だから、高潔だから……そんなつもりじゃなかった【から】なんだというのか。

 そんなつもりじゃなかったことはとっくに知っているのだ。


 言葉も行動も、何もかも完璧にできないのは仕方ないと思える。
 うかつにも失敗し、時に人を傷つけてしまうこともあるはずだ。

 うかつな発言も行動も全面的に許すから、
 せめてその発言の卑劣さを自覚してもらえないものだろうか、と思い訴えるけれども、
 この種の構造的な指摘は多くの相手にあまりにも通じにくいので、またため息をついている。

文脈を担保するあれやこれ

ブコメでスターを稼いで調子に乗りたい程度のはてな歴。

「お前がママになるんだよ!」というツイートがネットスラング化していった変遷 - 根室記念館

この台詞が例えばエロ漫画ないしはこのような場面を描いた作品内の台詞としてのみ成立していたなら、「巧いこと言わせるもんだな」と感心するだけで済ませる人は増えただろうし、文脈って重要かつ繊細だよな

2016/05/07 19:26
b.hatena.ne.jp

思いのほか星がついたので調子乗ってもうちょっと考えてみる。

元ツイートは、

「お母さーん、じゃねえんだよ!今からお前がママになるんだよオラッ!」が無理矢理女子中学生に膣内射精する時に言いたいセリフ1位ですね

だそうだ(元ブログ記事の画像より書き起こし)。

このツイートが気持ち悪いかどうか、のような感性の話はとりあえずおいておいて*1、元発言がどのような文脈だと解釈されたか、その文脈を規定した個所はどこか、の話をしたい。

くり返すけれども、話したいのは文脈規定力の話だよ。



さて、元ツイートを見ると、なんといっても「言いたい」が圧倒的なパワーを持っている。「~たい」という希望・願望の助動詞が、暗黙の主語として(僕が)以外をほとんど受けつけないので、この「言いたい」で、文全体の主語が「僕」になっている。

で、「僕が」を補って文全体を再読すると、
「僕が無理矢理~射精する」という文が改めて立ち上がり、「そのような状況を想定するツイート主」という姿が浮かび上がる。

同じ理由で、実は「時」も影響力を持っている。主観性を高めにする印象を持つ語だからだ。

そのうえ「1位」という語で、2位、3位があるかのような含みが生まれ、「その場面についてあれこれ考えるツイート主」という姿も想起されうる*2


実に効率的にツイート主の姿が錬成されている。単語ってのは意外なほどに様々な印象を生み出すものだ。



そんなわけで、元発言をちょっといじらせてもらう。例えば「言わせたい」で暗黙の主語をすり替え*3、「時」を「場面」に入れ替え、語順を入れ替え、「1位」を削除するとこうなる。

  • 無理矢理女子中学生に膣内射精する場面言わせたいセリフは「お母さーん、じゃねえんだよ!今からお前がママになるんだよオラッ!」です

複数考えている感を追加するとこう。

  • 無理矢理女子中学生に膣内射精する場面で言わせたいセリフ「お母さーん、じゃねえんだよ!今からお前がママになるんだよオラッ!」がある

創作ですよ、ネタですよ感を増し増しにするには主語を立てたほうがわかりやすい。

  • モブが無理矢理女子中学生に膣内射精する場面で言わせたいセリフは「お母さーん、じゃねえんだよ!今からお前がママになるんだよオラッ!」です


……くりかえすけど、「創作・想像だったら許されるのか」「ネタなら許されるのか」みたいな話はここではしない。


しないのだが、

 文脈を過たずに表現できているのか?

という問いかけはあっていいかなと思った。


上記のように「文脈」のすり替えを行った例を見て、「こう書いてあったら受け取り方が違う」と感じてくれたら、「この発言は文脈の表現がずれていないか?」をたまに考えてみてもらえると嬉しい。


失言は失言だし、ゾーニングは重要。Twitterゾーニングに向いていない、もその通りだと思う。

けど、技術的に文章力が不足していたり、字数の制限があったりなどの状況下で文が下手うった場合に、それが即座に人格攻撃に繋がるのは厳しすぎだよね、とも感じている。

特にその道のプロでもないならなおさら。

*1:個人個人異なるものでもあることだし

*2:ブログ主は「恐らく2位も3位も考えてなかった」と書いているが、この際事実はあんまり関係ないのだと思う

*3:ブログ主は一貫して「自分が言うとしたら」の想定のようなので、この調整は半ば虚偽である