AD-LIVE 2016 9/24(土) 昼公演 考察 梶裕貴・堀内賢雄(リピート用のフラッシュメモ)

AD-LIVE2016 9/24(土) 昼公演の膨大なネタバレを含むので、未見の方は即座に閉じてください。

これは、私のように「ライブビューイングも観て、あとりぶも観る」、しかも役者の脳内にも迫ってみたいZE、というけっこう奇特な方のために即興で(アドリブで)書きつけるものです。のちにDVD発売に向けて追記するかも。
想定より記憶違いが多いので、そのあたりは割り引いてください申し訳ないです。

今回で5記事目、なかなか楽しくなってきましたよ。

ではしばし開けて……






















行きます!

  • 梶裕貴さん先攻でのスタート。
    • アナウンスに続いて降り注いだスポットライトの焦点には、リュックを背負った男性がうつぶせに倒れる姿が。はっ、と身を起こし、「どこですか、ここ!?」と切迫した声。……あれ?
      • 脚本的には、先に登場するほうが「B」です。Bキャストは、マインドダイブを行った側です。すべての事情を知る案内役です。
    • ライトによって賢雄さんのシルエットが映し出されます。アナウンスの導きに従ってBキャストがクイズを出題する場面ですが、Bである梶さんはどうやら記憶喪失です。まさかの記憶喪失コンビ!? 賢雄さんが(素で)困惑した様子でいるところ、梶さんが身体をまさぐり、ポケットから紙切れを引っ張りだしました。「これに問題書いてありました!」と、出題に進みます。お見事な導入です。
      • 「実は変化球もけっこう好き」というのは、これまでの梶さんのAD-LIVEでも明らかなところだったりします。これはかなり強い推測ですが、「相手の起伏を拾う・合わせる」というアクション自体を楽しんでおられるのでしょう。波風を立てるのが好き。……みたいなね。
    • 名前、職業などをクイズによって固定し、人間関係にも触れます。お互いに記憶にないなりに「僕たちは親子らしい」というところまでを確定させて、第一場面は終了。現れた賢雄さんは、洒落た赤シャツに紫のネクタイ、白髪のウィッグという、なかなかステキなお姿でした。結果的にこれがナイスマッチングです。
      • 別公演のネタバレになりますが、親子関係、頻出しています。「マインドダイブをしうる関係性」を想定するとこうなってしまうのは一種の必然かもしれません。AD-LIVE演出部もこの一種のネタかぶりは当然把握していたはずですが、「いける」という判断があってゴーサインを出したのでしょう。逆に、関係性の限定を逆手にとって「マインドダイブしているけれど俺たちは無関係」と位置付けてきた例も出ています。
  • 顔を合わせたものの、2人そろって記憶喪失という、話がまったく前に進まない展開です。梶さんが持っていた紙切れにはマインドダイブの説明だけは書いてあり、なんとか状況は把握できましたが、何をすればいいのかはさっぱりです。
    • 梶さんは仕掛けている側なので精神面には余裕があるのでしょうが、受け止める賢雄さんはたまったものじゃないと思います。それでも演技の基本線はまったくぶれません。大ベテラン半端ないです。
    • 親子という実感もまるで持てず、夢かも?という疑いから、互いをビンタし合う展開に。先に手を出したのは賢雄さん演じるげんじろう(漢字は源二郎だと予想しています。少なくとも「次」の字ではないと思います)。ビンタしてこいよ、という賢雄さんの振りにきっちり応える梶さん。観客の息詰まるような期待にも応えてくれています。……嬉しかったなあ。
      • AD-LIVEの面白いところですよね。普通ならどんな失礼なことでも事前に打ち合わせして、謝っておける。段取りもしておける。でもAD-LIVEではそれができませんから、舞台の上で流れ上、前触れなしに相手をぶん殴ることさえしなくてはなりません。プロ同士の信頼関係の一端が垣間見える気分です。
  • 状況がつかめないながらも、やってきたバスに乗り込み、腰を落ち着けて。背負っていたリュックを下ろした梶さんは、無意識のうちに(という芝居で)リュックを開けます。そこにはスケッチブックと、そこに挟まれた一枚の絵が。クレヨンで描かれた人物の絵には、銀の紙、「さなだげんじろうくん」という名前、「ぱぱ」と書きそえられていました。その人物の姿は――どう見ても今の梶さんの姿です。なんと、「ぱぱ」だったのは梶さん、げんじろうは息子のほうだったのです!
    • なるほど、あざやかな逆転!*1 この絵を見たことでパパは連鎖的に記憶を蘇らせ、「げんじろうを助けにきたんだ」と決意を語ります。
    • 以降、ここが本線、と完璧に納得した賢雄さんの「子供芝居」がめちゃくちゃ煌めきます。最高だぜ。
      • 心の中の世界ですから、見た目年齢とかどうでもいいのですね。「実際の肉体の見た目を無視できる」というのは、AD-LIVE2016脚本の隠れたポイントかもしれません。声のみで活躍する声優のフィールドに近くなったと言えます。
      • 小道具として絵を利用して、状況を一気に整理してみせた梶さんの手腕が凄まじいです。以降も含め、梶さんのアクトはとんでもなく効率が良いです。目的が明確ですし、筋立ても明快。隠していること、見せるべきことのコントロールもぱっきぱきです。頭脳明晰、理路整然とすらいえる構築の妙が楽しめます。……これは穿った見方ですけれど、だからこそ、乱気流を持ちうる堀内賢雄さんとのマッチングだったのかな、とも思えますね。たとえばAD-LIVE2014脚本での梶裕貴福山潤のマッチングがどうなるか、を考えたいところです。
  • 第一の場所、授賞式会場へ。
    • いつもいつも二番手ばかりだったげんじろうへ、パパからの賞状授与。梶さんのさりげない誘導がきちんと結実しています。本当にうまいよ、梶さんは……
    • しっかり身を委ねていく賢雄さんの器の大きさもすさまじいものがあります。一種の「ため」の場面だという認識なのか、父との時間を楽しみながらも、自分の心を作っていく感じなのでしょうか。また、途中で賢雄さんがくり出した「名前を呼ばれるところからやらなきゃ!」は、舞台の広さを活かして舞台上の絵を作りに行く、まさに大ベテランの技だと思います。例えば舞台の稽古だったら、あの言葉はブリーフィングで出ていておかしくありませんもんね。
      • 構図にも見せ場があり、演劇として面白い場面になっています。賞状には文面も書いてあるはずですね。AD-LIVEの小道具は基本的にすべて本物だそうですし。
  • バスがやってきて、移動。Cキャストの乱入が起こります。
    • Cキャストを担当したのは、『トーキョーハイライト』の諸岡立身さん。超・古典的な芸術家スタイルで、でかいカンバスを抱えてバスに乗り込むなり「ワタシは、才能のカタマリである!」とブッ込みました。震えますね。そして「サイゴウタカモリ?」と受ける賢雄さん。天才。
      • アフタートークで諸岡さんは「最初の台詞を言った直後に真っ白になっちゃって」「だから必ず2回ずつ言いました」と語っておられましたが、とてもそうは見えない、いかにも芸術家肌の、理想的な挙動不審っぷりでした。
    • 現れた彼はハッちゃん。げんじろうのライバルであり、いつもいつもげんじろうの上を押さえ込んでいた、げんじろうにとってはまさに目の上のこぶ、と言った存在でした。パパはげんじろうを心配しますが、ハッちゃんはげんじろうに対して「げんちゃんが居たから僕は頑張れたんだ、げんちゃんはすごいんだ」と言ってくれます。
      • 終演後の鈴村さん曰く、「セオリーから外れた芝居なのがまた良くて。もっと上から目線の嫌な奴で行くかと思ったら、同じ目線で行った。好きになっちゃう」そうです。
      • 恐ろしいことに、パパがげんちゃんとハッちゃんの関係を心配したことすら伏線でした。伏線でした、というよりは、「辻褄が合っている」といいますか。パパには、げんじろうの築いた人間関係を知らない理由があるんです。梶さんの構築力、すごい。
      • ここで肯定されたことが、げんじろうの最後の決断に影響していると思っています。げんじろうの人生には手ごたえがあったんです。彼には成し遂げたことがあった。
  • 第二の場所、遊園地。
    • 「覚えてるか?」と聞くパパに、「パパと遊んだような気がする」と返すげんじろう。これに応じて「そっか。……ごっちゃになっちゃってるんだな」とパパは呟きます。
      • 私的に至高の芝居はここでした。梶さんの受け方が絶妙でしたし、一気に真実が明らかになる予感がにおい立っていて、ぐっと拳を握ってしまった一瞬でした。会話の流れ自体は十分予想できるパターンで、梶さんとしては心の準備ができていたであろう(=練習さえできただろう)場面なのですが、それにしても、凄かった。
    • パパの状態が明らかになり、息子への想いがあふれます。それを機に、賢雄さんのほうもためてきた感情のうねりを一気に解き放ち、パパと衝突しに行きます。
      • ここの賢雄さんのアプローチ……もう、私ごときの陳腐な筆力ではどうにも表現できないのですが、端的に言って、ツワモノでした。通常、この最終局面では「意識が回復するか、しないか」のせめぎ合いが勃発するのが基本的な想定です。そのせめぎ合いはドラマに推進力を与え、先の見えない展開を担保してもくれますから。けれど、AD-LIVE2016の脚本は、そのせめぎ合いを保証しません*2。衝突したいなら、役者が能動的に生み出さないといけないんです。賢雄さんはこの「衝突」を見事に成立させています。やや強引にも、ワガママにも思える感情のうねりは、これまで築いてきた「子供」「芸術家」というパーソナリティの後押しを得て、会場中を呑み込んでいます。とんでもないです。凄すぎます。
  • そして、手紙から、最終場面へ。
    • 手紙において、パパはすべての決断をげんじろうに委ねます。どちらでもいい、と。そしてげんじろうの決断は……
      • 別公演のアフタートークで明らかになることですが、この場面、先にステージに出ているBキャストは、お知らせランプによって「相手が出てくるか、来ないか」を事前に把握しています。相手が来るか、来ないかが確定しないとさすがに芝居のプランが立てられない(来ないつもりでいたら来た、などがあっては困る)、という事情があるからこその仕組みです。
    • パパのもとへやってくるげんじろう。パパはすべてを許し、受け入れました。
      • これまたアフタートークの話題で恐縮ですが、「あそこで出ていくのは賢雄さんにしかできないよ」と鈴村さんに言わしめた決断でした。梶さんとしては五分五分に作り上げたつもりだったようで、想定の範囲内なのでしょう。
      • 梶さん側には、残っている手札が複数あると推測しています。そのうちのひとつは「げんじろうの現在の年齢」、もうひとつは「げんじろうの名前に関するあれこれ」です。げんじろうの現在の年齢は、おそらく賢雄さん合わせの還暦近辺。げんじろうの名前については、「2番」を宿命づけられたことと絡めて何かあっておかしくないと思います(クイズで「げんざぶろう」が候補にあったことも含めて考えるに、「二」が入っているのでしょう)。これらの情報が出ると、げんじろうが覚悟を決めるに足る要素が補強されそうだな、と思っています。


さて、こんな感じでしょうか。ふっふう、今日の「あとりぶ」も楽しみだぜ。行ってきます。

*1:中の人ネタはあんまりAD-LIVEにはそぐわないですが、つい……

*2:AD-LIVE2015の脚本は保証しました。