想いをすり替えて言葉

喉、治りました。


物は言いよう、という言葉がある。
同じことを言うのでも言い方によっては大違い、という趣旨の言葉だけれども、この実例については、あんまりきかない。

自分はこの「言いよう」に関することばかり考えていて、言い換えばかりが得意になっている。


以下、ある日の実例。

友人が、「Twitterで○○という発言を見かけてすごく嫌な思いをした」という趣旨のことを言った。

○○に当てはまる文の形はこうだった。

「なんでAがBじゃないのかわからない」

実際はそうじゃないのだけれども、キャスティングのことだと思ってもらえれば大体の構造は合っている。なぜAを演じるのがBさんでないのかわからない、のような。

友人はその発言を見て、とてもとてもいやな気持ちになったそうだ。公式の采配に文句をつけるのか、とか、実際にAだったCに対して失礼だろう、とか、とてももやもやしたのだと。特に友人自身はCが好きで……ということではなく、それはあくまで礼儀としてだったけれども。

そのもやもやに対して、私は文の形を変換して示した。

「AがBなのを見たかった」

言った本人はそんな気持ちだと思うけど、と言ってみたところ、友人は目から鱗が落ちたような反応で、それならすごく納得できると言った。


実際のTwitterの発言主がどういう気分でその発言に至ったかは分からない――どころか、むしろ本当は間違いなく元文どおりの想いだったとは思うのだけれども、きれいな言葉にすり替えれば、まあ、すり替えたなりの演出にはなるという例。


想いをすり替えて言葉を選ぶ、そんな面倒なことはいちいちやってられないのが多くの場合の実情だと思うけれども、その効果のほどがもうちょっと知られてほしいなと思うので、この例を書き残しておく。